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なぜ、聞こえる人と同じように、言語力が十分ではないのか?

私が思うこと。


それは、聞こえる人が普段使用している言葉は、ほとんど耳から聞いて覚えたものだと思います。(本や新聞を読んで言葉を覚えることもあるが…)赤ちゃんのときに、ミルクを飲ませてくれる女性から「私はママ」と、そして風呂に入れたり、遊んでくれる男性から「私はパパ」と言われて、「母親」「父親」を認識し、「あ」と「い」というそれぞれの発声を聞いて、それをくっつけて「あい」、そう、「愛」を認識し、色んな言葉を知っていくのではないかなと思います。


聴覚障害者の場合は、耳からこうした情報が入ってきません。なので、知らない言葉はたくさんあってもおかしくないのかもしれません。


たださえ、聴覚障害だからといって全ての人たちが、同じ特徴をもつとは限らないのです。人それぞれに聞こえ方の特徴があり、コミュニケーション方法も違うこともあります。


例えば、手話がないとコミュニケーションが取りにくかったり、手話がなくても口話でコミュニケーションが問題なく取れる人がいたり、文章を書くのが難しくて、手話でしか話せられない人もいます。


だから、それぞれに合った、コミュニケーション方法で関係性を作っていくことが大事です。私は、口話で100%読み取れるとは限らないし、読み取れないことが沢山あります。そういった場合は、最終手段として筆談か手話になります。最近は、両耳の聴力を失ってからは、口話だけではあやふやな感じです。なので、手話で話した方が100%のコミュニケーションが取れます。ですが、世の中はすべての人たちが手話が使えるとは限らないので、自分もできる範囲で、読み取れるのなら、少々の努力は必要と思ってます。


耳の聞こえない人だけが苦労してるわけではないし、盲者や、発達障害や、身体不自由などの他の障害を持つ人たちもそれなりに苦労や大変なことがあると思うから。

とはいえ、社会の中で生きていく上で欠かせない「情報」これが一番大きな課題であり、情報保障は、私にとってとても大事。なのでTVのニュースに出ている手話通訳の方が情報を伝達することで、私たちに情報が伝わり次の行動を考え、動くことができています。

 
 
 

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